文系ヒキニートの自堕落物語

就職活動で失敗してどん底に落ちた中堅大学文系ニートが社会人として復帰するまで頑張るブログです。時事ネタ、やってみたこと、恋愛、近況報告、まとめ記事など色々書いてます。

【半分、青い。】最終話を他のドラマと比較してみた

 

 

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『半分、青い。』が今日の放送をもって終わってしまいました。

 

というわけで、ちょうどいい機会なので今回は『半分、青い。』の最終話までの流れを他のドラマと比較してみようと思います。

 

最終話が放送されて終わりましたが、賛否両論の状態です。

僕も「このドラマの脚本はダメだな」と思っていましたが、ここまでむちゃくちゃな流れで風呂敷たたもうとしたら批判されても仕方がないと思います。

ですが、もしかしたら他のドラマも同じような最終回を迎えているかもしれない。

そうだった場合、『半分、青い。』だけを悪者のように扱うのは間違っていると思うのでその比較を簡単にですがやってみようと思います。

 

比較するドラマについて

僕が今まで見てきた中で、ここ最近印象深かったドラマは

『マッサン』

『あまちゃん』

『逃げるは恥だが役に立つ』

の3作品です。

 

『マッサン』『あまちゃん』は朝ドラですが、『逃げるは恥だが役に立つ』はTBSで放送されていた民放ドラマです。

ただ、どの作品も共通して言えることは「ドラマに関係するムーブメントを巻き起こした」ということです。

ムーブメントを巻き起こすためには、基礎が必要だと思っています。

それが話の構成だったり一貫したOP・ED曲だったりダンスの振付けなどにあたると思います。

特に、話の構成という点で述べるなら最終回こそ最も話を綺麗にたたまなければいけないポイントであり、ここをおろそかにしたドラマや映画に名作と呼べる物はないと思います。(「終わり良ければ総て良し」という言葉もあるくらいですから)

僕の記憶では、この3作品は基礎をおろそかにしていた点はなかったと思います。

 

だからこそ、名作として呼べるほどの高評価を得ているのではないかと思います。

 

比較する点

今回は最終話の数話前から最終話までの部分を比較してみようと思います。

綺麗に話を畳むためには数話前から話をたたむ準備を進め最終話まで徐々に視聴者の気持ちを高める必要があると思っています。

「はやく続きが見たくて仕方がない」「結末はどうなるんだろう」といった気持ちです。

起承転結という流れは大事で「転」の部分が雑だと結まで綺麗に至らないということですね。

 

朝ドラの場合は最終週の部分を

民放ドラマは2~3話前くらいを

ピックアップして比較してみようと思います。

 

『半分、青い。』の場合

そよ風ファンが完成しお披露目会をしたのですが、その時に大地震が発生。

地震のせいで部品調達が出来ず製作が中断します。

そして、鈴愛の親友であるユーコと連絡が取れず消息不明に。(ユーコは仙台の海が見える病院で看護師として勤めていました)

ユーコと連絡が取れない間に、地震をきっかけに生じてしまった花野ちゃんのイジメの問題、花野ちゃんが父の(鈴愛の元旦那)涼次に会いに行ったことをきっかけに涼次からの「やり直さないか?」という復縁のプロポーズ、と様々な出来事もありました。

それらの出来事を解決しても依然としてユーコと連絡は取れないままです。

ですが、ついにボクテから「ユーコが亡くなった」ということを聞きます。

鈴愛は落ち込み気持ちをふさぎこんでしまいますが故郷のみんなや秋風先生の手紙やユーコの遺言を聞いたことで立ち直ります。

そして、最終話です。

そよ風ファンがついに完成し販売が決定します。

鈴愛の実家で発売を記念したパーティーが行われます。

それが終わった後、律から傘のプレゼントとプロポーズ?があり鈴愛はそれを受け入れ終了。

エンドロール(OP的な映像。OPを流さずエンディングで曲を流すという手法)が流れて終わります。

 

メチャクチャ簡単にまとめるなら

震災発生→ユーコの話(この裏で元旦那との決別)→扇風機販売・律と結ばれる→ED→end

となります。

 

僕なりに最終週をまとめてみました。

大事な部分も結構省いてしまっている可能性があるのですが、ここまで書いてみると話の筋がメチャクチャなのがよくわかります。

 

あと、一番に感じたのが「震災をエンタメ・ポルノとして扱ったらこうなる」ということです。

例えば時系列的に避けられないのは仕方ないことですが、少しぼかしたり一切触れないといった手もありますし、ユーコを生かしておくという選択もありました。

わざわざフラグを立ててまで(144話のユーコ死亡フラグ)真正面から扱う必要はなかったのでは?とさえ思ってしまいます。

NHKだからこそ敢えてやったのかもしれませんが、ここまでくると逆にやり口が汚くいやらしいです。

感動ポルノなんて言葉がありますがそれに近いモノを感じてしまいました。

 

『マッサン』の場合

ずっと前に見たものを記憶を頼りに書きだすことになるので、『半分、青い。』と比べると大雑把なものになってしまいますがご理解ください。

 一応あらすじはグーグル検索で検索し簡単にですが復習しています。

 

最終週は家族などマッサンの身近にいる人達に関係する話がメインです。

それまではウイスキーの話がメインで進んでいましたが、話は一気に12年後に飛びます。

北海道で暮らすマッサンとエリーの元へ娘のエマが帰ってきます。

エマはマイクという男性と一緒に帰ってくるのですが、将来の不安や今抱えている悩み等から結婚することが出来ずにいるということを打ち明けます。

この時からすでにエリーは病に冒されており、マッサンはエリーの主治医の話を聞いてエリーの命がもう長くないことを知ります。

そこで、日本で正式な結婚式を挙げていないマッサンはエリーに「結婚式を挙げよう」と提案します。

ウェディングドレスを仕立ててもらい、「元気になったら結婚式を挙げよう」と約束します。

その後エリーの「散歩に行きたい」という願いからマッサンとエリー、エマとマイクの4人で散歩に出かけます。

その時のマッサンとエリーの姿に胸を打たれたマイクはエマにプロポーズをします。

ですが、その直後エリーは倒れてしまい危篤状態に陥ります。

最期の時が近づく中で、エリーはマッサンに「私が天国に行ってから」と手紙を託しその生涯を全うします。(149話)

エリーの死後、その現実を受け入れられないマッサンは部屋に閉じこもり泣き暮らす生活を送ります。

ですが、エリーからの手紙を読みマッサンは気持ちを取り戻し、エリーへの愛を込めて新たなウイスキー作りに励みます。

その10年後、新たに作ったウイスキー「スーパーエリー」は特別賞を獲得し、世界に通用する味として認められます。 

エリーの墓前にて献杯している時、エリーから「マッサン」と呼ばれマッサンが振り返るとエリーとの思い出がとめどなく溢れていき走馬灯のように流れます。

最後はエリーとマッサンが楽しそうに走っていく姿で終わりです。

 

こちらも簡単にまとめると、

 エマ・マイク帰国→2人をきっかけに結婚式を挙げよう(フラグのようなもの)→エリー危篤・エリー死亡→死後、エリーの気持ちが詰まったウイスキーを作る→賞獲得・墓前でエリーとの思い出を振り返る→end

 

『マッサン』ではエリーというヒロインが最終話前で死亡しています。

ですが、『半分、青い。』と違う部分として今までの話の流れに沿ってちゃんと話を展開しています。

話が12年後に飛ぶというのも、「ウイスキー→家族」へと展開を変えるために必要であり、エマ・マイクの帰国をきっかけにしていますが、4話分(1時間分)使ってエリーというヒロインにしっかりフォーカスを当てています。

また、その裏でも一貫してウイスキーの話を継続している、マッサンとエリーが結婚式を挙げていないことがこのタイミングで回収される(伏線ではないけど)、などきちんと話が作られています。

テーマが家族の話であるので、(多少強引であっても)エマの帰国も筋が通ります。

「無理やり感動に持っていってる!」なんて意見もあるかもしれないですが、マッサンとエリーはこのドラマの主人公とヒロインであり2人の生涯を描いています。

強引だとしても展開的におかしくはないと思います。

(「ユーコを仙台の「海が見える」病院に看護師として勤務させる」というようなわざとらしい手間をかけていないです。そして、わかりやすい死亡フラグ(144話)も立てていません。)

 

『あまちゃん』の場合

(ほぼWikipediaからの引用に近い形になります。)

大地震が発生し、東京でアイドル活動を行っていたアキ(主人公)は、芸能活動を辞めて北三陸へと帰ります。

そこで、現地の状態を目の当たりにしたアキは海女カフェを復興させることを宣言します。

アキの北鉄でのアイドル活動や地元住民も奮起し精力的に働き続けたことで町の復興は少しずつですが進みます。

アキの親友であるユイも心に傷を負いアイドル活動を断っていましたが、アキを訪ねてきたGMTの様子を見て北三陸でのローカルアイドルとしての活動を決意し「潮騒のメモリーズ」を結成します。

そして、震災から約1年後、清純派大女優である鈴鹿の海女カフェでのチャリティーコンサート開催をきっかけに海女カフェの復興、北鉄や街の産業もさらに進んでいきます。

そして、歌の特訓なども経て鈴鹿のチャリティーコンサートは成功します。

袖ヶ浜は海開きの日を迎え過去最高の人出が集まり、北の海女たちはウニ漁を再開します。

大勢の人達が集まり、北三陸には熱気に包まれます。

さらに、1駅区間のみ復旧していた北鉄は畑野駅まで延伸し「潮騒のメモリーズ」のお座敷列車公演が復活します。

アキとユイは「潮騒のメモリー」を歌い大盛況で初回公演を終えます。

興奮冷めやらぬアキとユイは畑野駅で語らい、ユイの提案で翌年に全面復旧が決まった北鉄の線を2人で走り出します。

袖が浜の防波堤を全力疾走した2人は、突き当たりの灯台の元、笑顔で快晴の海を見つめて終わります。

 

こちらも簡単にまとめると、

震災発生→アキのアイドル活動や街の人々の働きで復興が進む→アキとユイの「潮騒のメモリーズ」結成→1年後の北三陸の様子→「潮騒のメモリーズ」公演成功→2人の様子→ED→end

 となります。

 

こちらも震災を扱っていますが、『半分、青い。』とは根本的に違います。

まず、話の舞台が北三陸であり難しい問題である震災を非常に丁寧に扱っているということです。

ちなみに、第23週から話のテーマとして扱っています。

期間でいうと1か月間です。

どれほどこの問題と向き合い丁寧に話を作っていたのかがよくわかります。

また「アイドル」というテーマも一貫しています。

「震災からの復興」という部分をメインに、アキとユイの北三陸でのローカルアイドルとしての活動、鈴鹿のチャリティーコンサート、など話の大事な部分をきちんと回収しています。

そして、最終回も素晴らしいです。

1年後の活気あふれる北三陸を写し、笑顔が常にいっぱいあふれていて見ている人達全員がロスを感じながらも楽しい気持ちで終わりました。

 

『半分、青い。』と違う部分は丁寧に話をまとめていたということでしょうか。

最終週は常に面白かった覚えがあります。(コメディ的にもそこまで振り切ってなかったような気もします)

また、復興という観点からもドラマを描いていたことも良かったと思います。

見ていた人々を支える原動力となっていたのかもしれません。

あまちゃんは視聴者が楽しくなるようなドラマでした。

 

『逃げるは恥だが役に立つ』の場合

お互いの気持ちを知った津崎(星野源)とみくり(新垣結衣)は恋人状態になります。

ですが、その喜ばしい状態の一方で津崎がリストラにあうかもしれないという危機が迫っていました。

津崎(星野源)は自身のリストラを機にみくりにプロポーズをします。

その理由はみくりに専業主婦になってもらえたらみくりに従業員として働いてもらう分のコストを将来の貯蓄に回せるというものでした。

その理由を知ったみくりはショックを受け「好きの搾取」だとプロポーズを断ってしまいます。

そして、複雑な気持ちを抱えているみくりは商店街活性化のための青空市の準備や副業で次第に自身の主婦業に手が回らなくなり余裕がなくなってしまいます。

津崎と家事分担を始めたのはいいですが、津崎のミスに冷たく当たってしまいお風呂場に閉じこもりふさぎ込んでしまいます。

ですが、津崎の言葉に胸に響いたみくりは2人で関係を築いていく決心をします。

そして、青空市当日になりました。

青空市は成功し大盛況です。

青空市の最中に、みくりは自身のトラウマでもある「自分がこざかしいと扱われていた」という話を津崎にします。

津崎はそれに「自分はみくりさんをこざかしいと思ったことはない」と何気なく返事をします。

その言葉で今まで苦しんできた自分を救われたみくりは津崎を抱きしめます。

そして、2人は本物の夫婦へと関係を進展させ終わります。

 

まとめると、

 津崎のプロポーズ→断りギクシャクした関係に→自分のふるまいに嫌気がさしふさぎこむみくり→津崎の言葉で立ち直り→青空市での2人の会話をきっかけにみくりと津崎は本物の夫婦へとなる→end

 です。

 

『逃げ恥』は恋ダンスが有名ですが、それ以外にも話が面白かったことが人気の1つになっています。

逃げ恥は、起承転結でいうなら「転」の部分、終わりに向けての起爆剤が丁寧に作られています。

津崎のリストラ→津崎のプロポーズ→複雑な気持ちを抱え余裕がなくなるみくり→ミスに冷たく当たりふさぎこむみくり

と10話からしっかり話を引き継いでいます。

そして、津崎の言葉、また青空市での何気ない2人の会話、という誰にでもありそうな展開だけど、しっかりとそれで話をまとめているという点がとても良いと思いますね。

 

「こざかしい」という昔からのトラウマを抱えていたみくりを最後の何気ない会話で救ってしまう津崎

という(伏線?)回収のやり方も良かったと思います。

 

それぞれを比較してみる

今回は最終話のみの比較でしたが、『半分、青い。』にそれとなく近いのは『あまちゃん』でしょうか。

ただ、『あまちゃん』の話の作り込みの素晴らしさに半分青いは到底及びません。

特に、脚本の粗さ・雑さが目立ちますね。

 

また、『半分、青い。』以外のドラマはテーマがすべて一貫していたことが共通点として挙げられます。(上記で書いていませんが、僕の中で『逃げ恥』のテーマは「津崎とみくりの関係」だと思います)

そのテーマを利用し話をきちんとまとめています。

特に、話をまとめるために強引に起承転結の「転」の部分(半分青いならユーコの話)を作るのではなく、それぞれに沿った話題をチョイスしていた点も共通して挙げられます。

 

『マッサン』ではエマのマイクを連れての帰国

『あまちゃん』は震災復興・ローカルアイドルとしての活動

『逃げ恥』は津崎のリストラからの無茶な理由でのプロポーズ

『半分、青い。』は震災でのユーコの話

こう並べると半分青いの雑さが目立ちませんか?

 

特に、『半分、青い。』だけ「ユーコの話→ショックを乗り越え扇風機発売決定」と話の繋がりが見えないのです。

しかも、ユーコの話の裏では花野ちゃんのイジメ問題や元旦那との決別など話を詰め込んでいます。

最終週に詰め込みすぎて話がぼやけています。

例えば「震災→開発中止→成功→発売」という一連の流れはユーコの話を使わなくても作れますよね。

「律との関係」にフォーカスを当てるのなら、鈴愛と律で「転」の部分を作り話をたたむこともできます。

終わっているので何を言っても仕方ありませんが、「転」の部分を作る材料は色々あったにもかかわらず震災からユーコの話を作ってしまったのは悪手としか思えません。

 

また、他のドラマは伏線をしっかりと回収しています。

半分青いはそれらが一切できていません。

例えば、漫画家・五平餅の仕事は結局何だった?扇風機完成後は?花野ちゃんのスケートの話は?律の息子と元奥さんは?ハルさんの病気は?など挙げだすとキリがないですよね。

このような雑さも他のドラマと比べるとかなり目立つ結果となっています。

僕は伏線とか設定とかそこまでこだわらないタイプなのですがその僕でも「結局どうなったの?」と思うポイントが多々あったので、こだわって見るタイプの人は見るに堪えない作品となっていたのではないでしょうか。(アンチの中にはこのような真面目に作品を見たかった人達も一定数いたと思います。本来ならアンチではなかった人達なのですが)

 

まとめ

最終話が何とも言えない感じだったのでアンチっぽい記事の書き方をしましたが、半分青い自体は面白かったですよ。

コメディドラマとして捉えたらかなり見応えがありましたしね。

 

最終話以外の部分では僕の中では割と高評価なので、正直終わってしまったことは少し寂しいです。

 

来週からは『まんぷく』が新しく始まります。

興味のある人は要チェックです。

(なんとなくですがドラマ熱が冷めてきているので僕は多分見ないと思います。見始めたらまた記事にするかもしれません)

 

今回はこの辺で終わりたいと思います。

ここまで読んで下さりありがとうございました。